文芸通信…こころの散歩①

  • 認知症つらつら(2006年3月6日)

   痴呆と知り痴呆受け得ぬ眼には春 庸晃

先日朝のことであるが勤務先の防災センターへ70歳過ぎであろうおばあちゃんが飛び込んで来て「お掃除に来たんだけどわからないの」と言う。

「お掃除をする場所は」と聞くと「それがわからないのよ」とおばあちゃん。

防災関係以外の飛び込みの人はいくらもあるがこんな話はなかった。どうやらもじもじとしていて戸惑うばかり。同じことをくりかえし話は尽きない。聞けば自分自身の名前もわからず認知症なのだろうと知る。

そのときふーっと頭に浮かんだ事がある

「何処のどなたさまでしたか」と聞く私の母の事だった。今年99歳になる母は施設にいて食事だけは活発で誰にも負けないらしいのだが、その他はさっぱり。私を見ていても全くの他人であった。何とも言えない寂しさに、そしてむなしさが私をおそった。ゆっくりと怒りが私をおそった。

   老いてゆく目玉あたたか花辛夷 庸晃 

母の眼をじっと見続けていた私。そこには99歳の眼ではなく暖かい血流が確かにあった。

いま、行く場所のわからない70歳のおばあちゃんは俯き黙って防災センターを出てゆく。今乗って来たバスの方向へゆっくりと足を踏み出していた。手には老人無料のバス券を光らせて…。そこには春の日差しが周りをほの温かく照らしだしていた。