ここ数日試行錯誤に悩んでいたこととは……
ある俳人の言葉に感動した日の事
児 島 庸 晃
ここ数日私は、このなんとも漠然としていて、どうにも訳のわからぬ思考にとりつかれていた。考えても思慮深く思い巡らしても、一向に考えが前進しなかった。ところがである。ある日だった。思いもしてはいなかったのだが、それが見事にその思考を解く機会に恵まれるこになる。それは…「現代俳句」2023年9月号に目を通したときだった。そこには次の文章が書かれていた。
句会で全く振るわなかった日。しょぼりしている私に「貴方は貴方らしい句を書けばいいのよ」と言って下さった先輩がいて救われた気持ちになった。「自分らしい句とは何か?」という命題を突き付けられていることに気が付いたのだった。それは「自分とはなにか?」という根源を問われている事に他ならない。
この文章は第三十六回現代俳句新人賞受賞者のなつはづきさんのことばである。以下の文章は省略するが、なつはづきさんが思考の中で模索して得たものは、結局のところ、「今の自分をなるべく正直に書こう…」だった。いま私は思うのだが、結局のところは、今生きている私自身の存在確認のようにも思えるのだ。そして私が私であり続けることの大切さでもあるのではないかとも思う。同時に言えるのはそのことは句を作ることの苦しみを十年身を持って味わってきた作者だから言えることなのかもしれない。
日傘閉じここに暮らしがあった海 なつはづき
第三十六回現代俳句新人賞受賞作品より。生活の深部までも踏み込んで物を見通す時の私の目の存在を、これほどまでに鋭く見詰める確かさの素晴らしさ。作者の内に篭る存在感は正に私自身の存在感でもあろう。「暮らしがあった海」と言う何気ない俳句言葉の真実には「あった」と言う確かな実感、それはしっかりと作者自身の私言葉でもある。ここには私が私であるための存在感が溢れているようにも思える。俳句は私自身の存在感の確認がなされていなければならないのではないだろうか。
なつはづきさんは下記ののように自分自身を纏めて作者自身を完結させている。
つまらないプライドや高揚感欲しさに力むこともあろう。身の丈に合わぬ欲望と上手く付き合っていかなければ自分が自分であることを簡単に手放してしまう。この先、何度も悩み立ち止まると思うがまた歩き出せばいい。何度でも。自分に嘘をついて逃げ出さなければ何度でも歩き出せる。今までもそうしてきた。これからもそうするつもりだ。
貴重な文章である。なつはづきさんの思考そのものには、なんのために俳句を書いているかの意味や意義が感じられて貴重な言葉となった。
終身生命あることの大切を問い続けていた俳人
覚め際の身に張りつめる薄氷 桂 信子
パーパス(存在意義)は何故を生む
それは不可視という現象だった
武庫川河川敷を歩く
潜在意識とは……何
潜在意識を発見することの大切さ
児 島 庸 晃
心の準備と言えば、目視に際し潜在意識を発見することかもしれないと思うことが私にはある。目視とは作者の目に最初に飛び込んでくる事柄でもあるが、作者にとっては一番に興味をひくことでもある。何故興味を引くのか。その事柄は作者の体験したことや出会ったことである。ふとしたことでそれらを思い出す。新しい体験ではなく作者の思い出の中にあるもの…それを潜在意識と言う。
炎天を槍のごとくに涼気すぐ 飯田蛇笏
第八句集「家郷の霧」より。この句は昭和29年69歳の時の句である。蛇笏は飯田龍太のお父さん。俳句結社「雲母」の初代主宰者。私がこの句を知ったのは高校時代でまだ伝統俳句の全盛期であった。何が私の心に飛び込んできたのかと言えば、「槍のごとくに涼気」の比喩であった。この比喩は作者の体験に基づくもので、そこに住みつき日々体に染みついたもの。作者だけに、強烈に感じとることの出来たもの。これらの作者自身の自己体験より発せられる実感である。「炎天」の地面に作者は立っていて、一瞬の「涼気」と出会ったのであろう。そしてこのことは何回もあったのだろうと思う。この体験が潜在意識を目覚めさせたのではないか。潜在意識とは何回もの体験によって作者の脳内に蓄積されたものの意識である。目視していたのは「炎天」、ここより作者の連想が始まり、「涼気すぐ」を思い出す。その結果、顕在意識が作者の眼前で起こる。その俳句言葉が「槍のごとくに」の比喩言語。だが、突然この比喩言葉が発生したのではない。作者の心の準備が出来ていたからである。この句の所作の中に顕在意識→連想→潜在意識の流れの一連の行動が準備されていたからなのだろうと私には思える。この句は形式こそ新しくはないが、俳句の基本としての準備が顕在意識→連想→潜在意識の過程を経て出来上がっていた。顕在意識は心の中に何時でも、誰もが持っているものである。