俳句の類句または類想句の考えについて

 もう何十年も前の話になりますが、ある俳人より私の句が有名人の俳句に似ていて真似ではないかとの意見があったことがありました。そのときのことを思い出したので書くことにしました。私の句は下記の句でした。
      秋灯下宿題解けぬ子の涙   児島庸晃 
 
類句または類想句の考えですがいろんなことが言われています。一般には「言葉の類似」「技術の類似」「主題の類似」です。…ということでこの三つが同時にある句はないと思います。よく問題になるのですが、故意に似せて作る以外はないと思っているのが私の考えです。さて問題の焦点になった句は西東三鬼の句「算術の少年しのびなけり夏」ですが、季節は「夏」。私の句は「秋灯下宿題解けぬ子の涙」。大きなところは季語の扱いの違いがあり、西東三鬼の句には主題のポイントがはっきりしていません。。そして着眼点に曖昧なものを含み「算術の少年」では何で「しのびなけり」なのかが出ていません。嘱目の段階で曖昧さがあり、私の頭の中には三鬼の句は全くありませんでした。参考までに以下の句があります。
      滝の上人あらわれて去りにけり       原城
      滝の上に水現れて落ちにけり           後藤夜半
この二句は目視の段階で、原城の句は着目点が「人」であり、後藤夜半の句は「水」です。この句は句碑として大阪府箕面市箕面滝にいまも現存しています。同じ目視が「滝の上」であり、下5が「去りにけり」「落ちにけり」でも類想句にはなりません。当時の俳句誌「ホトトギス」には入選になっています。…と言うことで故意に操作して作ること以外は類想句はありません。