黎明の彼方から

         黎明に至るひかりの森の夏   児島庸晃

JR神戸線より見える須磨浦公園は緑の森に変身しようとしていた。この公園は海からの風を受けて日々色を変えようとした時期があり、それより一年が過ぎようとしていたのだ。塩害のため葉っぱを枯らせ木々の寿命を全うさせることの出来ない森でもあった。だがいまは色を濃くして万緑に変わろうとしている。この森に黎明の光がみなぎりはじめている。

 一時見つめていた私だが…ふと過去がよぎった。俳句の結社やグループといった存在の価値なるものは?。ああ、やっぱりひとつの過程を経ては終ってゆくものなのかと。この森のように、誕生期、黎明期、熟盛期、そして死亡期、とひとつの時代をおわる。その後を引き繋いで蘇生誕生、黎明へ、と思考は永遠に残されてゆくのだろうかと。

 鈴木六林男の「花曜」終刊。桂信子の「草苑」終刊。伊丹三樹彦の「青玄」終刊など。昨年から相次いでの終刊は一応時代の終わりなのかもしれないと。だがこれらの誕生した時期は俳句の混迷期でもあった。安保闘争後、社会性論がようやくおちつき20代作家の台頭が華やかになろうとしているときであった。保守、革新、前衛、といろんな傾向が乱れ咲き俳句の乱立期でもある。その傾向は有季、超季、定型、非定型と幅を広げ、その多彩さは混乱の坩堝ですらあった。このときそれぞれの主張をもち誕生している事実の意義は大きいのだ。そして混乱を正しい方向へと導いた意義も大きい。

 黎明の森を奥へと進むとき私は…ふたつのことを思った。ひとつは感情は文体を作る。もうひとつは理性が先行すれば感性が鈍る。という事実をこれらの終刊したグループから教わったのだ。「立冬の貨車鉄柱のそば通る」…桂信子の創刊号の句である。ここには理屈などはない。               (2006年8月5日記述)