第6回人生十人十色大賞入賞 

     この大賞毎日新聞文芸社の共同コラボにより全国的に募集

    たエッセーです。応募者2000人程の中から30人の入賞。その

    中に私の名前が入っていました。この30人を集めての書籍になり、

    一の本屋さんの店頭に並べられ売り出されます。

   

            母の涙は私への贈り物  

              児 島 庸 晃

 電話で母からの呼び出しがあったのは桜の花の散りかけたころであった。居間の畳に座って微笑みながら私を迎えた。もう十年も会ってはいなかった。                         

「何時死ぬかもしれんから見せたいものがあるんよ」

母の手の中には、私がいじめられていた頃のボロボロに引き裂かれた学生服があった。

「ボロボロの姿になってもお前は泣いて帰ってきたりはしなかったよな!」

私は母を見ていた。そして母の瞳の中で浮いては光る数粒の涙のあることを知る。九十歳になっても苦しい心の蓄積の記憶を忘れてはいなかった。記憶は母にとって九十年生きてきた重荷の積み重ねであったのだろう。母さん泣かないでよ。母は泣き続けていたのか。私は必死に母の言葉を受け止めようとした。その場に座り込み顔を両手で覆う。涙を見せてはならない。涙を出すまいとも思った。

 あれは中学二年の時だった。私は死ぬつもりで電車の枕木の上に立っていたのだ。何時とはなく電車が私を押し倒してくれるのを待っていた。

「馬鹿たれ!何すんね」

数分後、私の背後から声があった。

「彼の世へゆくつもりやったんか」

電車の運転手は早口で喋った。

「馬鹿たれ!」

咄嗟に大きな手が私の頭に飛んできた。

「甘えるな!命は一つや。お前は親のことを考えたんか。お前の命はお前だけのものではないんや」

死ねたらよい、と思っていた私。数重なる学校での毎日のいじめに耐え忍ぶだけの心がなかった私。何するにしても前向きの勇気をもつゆとりはなかった。電車は、その場で一〇分ほど停車し、何事もなかったかのごとく発車した。ゆっくりと歩きだした私は、いじめた生徒たちの顔が浮かぶ。その一人一人の仕草が思い出されても怒る気持ちにはなれていなかった。家に帰ってきた私を見て母は、…その学生服はどうしたの、と言った。しばらく沈黙が続き母は黙った。それっきり母との会話はなかった。一週間が過ぎ二週間が来ても、母と話をすることはなかった。死のうとしたことを母は知っているのかもしれない。そう思いつつも私の方から話をすることはなかった。ふと見ると母は学生服の破れた部分に小さな布を当て針で縫っていた。私はその場に蹲った。その破れはいじめられたときのもの。すこし縫っては手を休める。また次へと縫い進める。その仕草は母の暖かい思いが込められている手付きにも思える。だが、一言も母は言葉に出さなかった。言葉に出さない意味を知るにつれ、母の手の動きが、とても寂しいものに思える。私は母へ向かって何の言葉も出せなかった。いじめはその後も続いていた。だんだんひどくなり、またその度合いも増し陰湿にもなる。止めようもなくなっていった。

「今日は服の釦が二つ落ちていたのよね」

そっと押入れの中に隠していたものだが母は見つけ出していた。服を手に持つと箱の中からゆっくりと釦を取り出し服に縫い付けてゆく。キラキラと光る釦は私を拒否するように目に届く。その間も母は黙って、ただひたすらに手を動かせ服に釦を縫い付けていた。釦が母の手から滑り落ち畳に転がる。咄嗟に私は手を出したが、畳に手が届こうとしたときだった。そこには母の手があった。釦は素早く母の手の中にある。

「釦は二つだったね。もっと取れてなくなっているかと思った」

その母の手は巧みに動いてときどき独り言を言う。だが、その両手は一瞬の動きを止めた。指先は動くことも動かすことも出来ないほどの痛みをともなっていた。針による突き傷が沢山小さい穴となって母の指にはにある。それはいじめられたその都度の数だけ母の指には残っていた。人差し指の内側をそっと下にしては見えないように心配りをする母。必死に心を働かせ動揺を見せまいとする母の指。黙々と縫い針を動かす母の心。

「母さん」

私は話しかけて口を閉じた。縫いかけては止める母。親指の動きまで止めた母。私に知られないようにと、その心をも見せて頑張る気持ちは指にまで届いていたのだ。いじめられた証としての学生服の破れの数は無数にあ る。その都度縫い針を手に持ち針を動かす。縫っても縫っても縫い尽くせないほど多くあり母の手を困らせる「お前の事で先生に呼ばれたよ」ゆっくりと母は口を開いた。私は…何を話したの?、とは聞かなかった。母も…どうしたの?、とは言わなかった。「勇気を出してね、元気を出してね」。母は私の頭を撫ぜながら何回か同じことを繰り返して言った。母は家の前で待っていた。私を見るとゆっくり近寄り笑った。…良かった、と一言。そして私は…何が、と答えた。母と子の会話はたったのこれだけだった。「何事にも負けないでね」。実に単純明解な言葉だった。私は、きまって、…はい、母さん、と笑った。

 いま私は母の瞳を見ている。瞬き一つしない心の落ち着きを見る。必死で生きてきた人生の全てを託す瞳にひきつけられていた私。「母さん」いつしか泣き崩れていた私。「お前の人生はこの学生服にあったんよ」九〇歳の母はボロボロにくたびれ果て、それも引き裂かれた学生服を私に諭すように示した。母の両手の上には学生服がある。改めて座り直し母は再び畳に座った。すこし身体を前に倒し身を屈める。学生服を私の胸の前に差し出した。一瞬目を輝かせ母はもう一度前に出る。ゆっくりと腕を突き出した。私のそばに更に寄り再び腕を浮かせ学生服を畳に置いた「お前の人生の生き魂は、この学生服の中に全てあるんよ」私へ向かって瞳を輝かせる母。渾身の心をこめるその姿のままに母の瞳は光る。しみじみと話し母は涙を落とした。一粒、二粒、三粒、母の瞳に涙が浮く。窓を通して入ってくる光線に一瞬の煌きを思う。母の心のうつろいを私は重く受け止めていた。母の瞳の奥、そこは私がいじめられていた頃のまま、未だに止まったままの時間があったのであろうか。実に長い年月を経た今も母の心は純粋に保たれていたのかもしれない。私への一言のために私を呼び迎え入れていたのだろう。人生の最晩年に、母は私に過去を残すまいと語りかけたかったのであろうか。正しく前へ向かって進むことを私に知らせているのかもしれない。母の瞳の奥でキラリと光る涙は私への贈り物であったのか。いつまでも輝く母の瞳。瞳の涙は実に美しい。私も母へ向かって頷いていた。