人の心はロマンを生む

          人々の胸中には鬱々とした虚しさと寂しさ

                 児 島 庸 晃

    しぐるるや駅に西口東口   安住 敦 

 人の心はロマンを生む。それは何ゆえにというのがこの句である。この句は昭和二一年の作品。句集『古暦』に収められている。「田園調布」と前書がある。昭和二一年と言えば終戦の翌年である。人々の胸中には鬱々とした虚しさと寂しさ、そしてどうすることも出来ない虚脱感が漂った社会であった。…このような社会情勢の中での作品である。降り出した時雨に戸惑う人たち。電車から降り立った人々はすこし寒くなってきたのであろう、コートの衿を立て足早に歩み去る。または傘を持って迎えに来た人。改札口を出てともに別れを告げる人たち。電車から降りてくる人を待ちながら時雨を見上げる人。駅は様々な人が集まり、また分かれてゆく人の出会いの場所なのであった。この作品は昭和二八年に公開された小津安二郎監督「東京物語」を思い出す風景であるが、この映画の上映よりも先に作られたものである。この句での描写は「小津調」と言われる美意識を追求する映画手法のそのものだった。「小津調」とはロー・ポジションと言われるもの。カメラを固定、ショット内の構図を変化させない。人物を相似形に画面内に配置すること、人物がカメラに向かってしゃべること、クローズ・アップを用いず、きまったサイズのみでとる。この描写は物静かな中に人の内面を強く描くために大げさな動きをさせなかったのである。だが「小津調」には静かな暖かさがあったのだ。即ちロマンがあった。この句には人間の仕草などは一切描かれてはいない。しかし作者の心中には、素直な心でこの光景を見届ける人間のゆとりと時間の静かな流れを味合うことが出来ていた。この光景に、この句を詠んでいる作者と共に、私たちは心がほっこりとすることが出来る。これそのものが昭和のロマンなのである。